ブラックなホテルに就職し最後は無料で働いた話

2000年代後半から私は地方のシティーホテルで働いていました。

この会社での出来事が社労士を目指すきっかけになったのですが、労働基準法無視のオンパレードな会社だったので

今回はそんなブラックなホテルに就職した時の話を体験談としてまとめてみました。

ゆち
笑えるほどめちゃくちゃな会社で、合計で4年半働きました。

ホテルのフロントマンとして入社

ホテルのフロントマンとして地方のシティーホテルに入社、当時は20代の半ばです。

今考えるとあって当たり前なんですけど、採用に当たって雇用契約書や労働条件通知書はありませんでした。

そして週5日、1日8時間働いていたのに社会保険や雇用保険にも未加入でした。

ただしフロントマンとしてのホテルにチェックインするお客さんを対応したり、予約を取ったりという業務自体は難しいものではなく

勤務自体も残業がほとんどないので特に不満はありませんでした。

ゆち
今思い返すと社会保険に入れてもらえない時点で退職すべきだったよね

しかしそんな不満の無いホテルマンとしての仕事は上司の暴走であっけなく終焉しました。

パワハラの標的になる

以前から仕事でミスをすると厳しく叱責する上司がいたのですが、それは自分が悪いから納得してお叱りを受けていたんですが

ホテルで働き始めてから半年位経つと、理不尽な重箱の隅をつつくようなことで上司から叱責を受けることが多くなりました。

まあ要はストレス発散のパワハラですよね、全部書くと長くなるので主に私が受けたことだけ挙げておきます。

①叱り方が強烈

この上司叱る時は必ず他の従業員が見ている前で大きな声で、他の従業員が見ていない時はお客さんがいる前で叱ります。

それも毎日毎日

ゆち
ちなみに、お客さんの前で叱責するようなホテルはおかしい、とパートで働いていた従業員が1人辞めたこともありました。

②小学生のドリルを持ってきて、宿題としてやらされる

これは今書いていて笑ってしまうんですが、小学生からやり直した方がいいんじゃないの?と小学生が使う漢字や算数のドリルを宿題としてやらされました。

③無視される

従業員同士の他愛もない会話って普通にあると思うんですけど、パワハラを受けるようになってからその会話に入ろうとすると無視されるように・・

ゆち
あの時は我慢してたけど、ホントパワハラってきつかったです。

ちなみに、その上司は私が入社して1年経った位で退職したのですが、退職に際して挨拶をしたら

「お前なんか知るか!一人で勝手にやってろ!絶対上手くいかないからな!」と発狂するように騒いで帰っていきました。

社員が1人を除いて全員退職

社長の運営方針と合わない、という理由で私がホテルのフロントに勤務してから1年が経った位に幹部の社員達が1人を除いて全て退職、他の従業員は残るか残らないかの選択を迫られることになりました。

幹部の社員達は基本的に残業代も出ないで毎日長時間労働をするような状態だったので嫌気が差したのが本当の理由だったのかもしれません。

そして残った社員から辞めるか辞めないかの選択を迫られた私は「この状態ならスピード出世できるかも!ラッキー!」と考えて早々と残る決断をしました。

ゆち
たしかにそれから則フロントの責任者になり加速度的に出世しましたが

後々思い返すとこれが悲劇の始まりでした。

ホテル勤務の楽しさを味わう

入社して2年目からはフロントの責任者として、そして宴会の営業も兼任し忙しく働いていました。

人手不足で休日は月4日しかないなんて月も多くありましたが、とにかく責任者としてのそして営業で新規の宴会や会議が取れた時の嬉しさがやりがいとなって

パワハラを受けていた1年目と違って毎日楽しく仕事をしていました。

もちろん残業代なんて概念は無くて、全てサービスでしたが・・(笑)

ゆち
だけど、ホテルをみんなで立て直すぞ!という思いと

周りの同僚たちがホントに良い人だったので続けることが出来ました。

違法行為を勧められる

そしてそんな楽しい日々も急に終わりを告げます。それはホテルに就職して4年目の出来事

3.11の震災が起きて宴会は自粛の方向で、宿泊はキャンセルが相次ぎホテルの売り上げが激減し給料が支払えない状態になってしまったのです。

そこで会社が取った策がこちら

じゃあみんな退職にするからボランティアで会社に来てよ、その間の給料は支払えないけど、失業保険がすぐに出るからそれで生活してね

会社が落ち着いたら再度みんなを雇うからさ

ゆち
これ完全に違法だと思うのですが

会社についていた某専門家はこの対応で問題なしとOKを出していました。

そして会社への恩義がある、でも違法な手段で失業保険を貰うことに抵抗を感じた自分は失業保険を受給しないで3か月間タダ働きをしました。

そんな会社すぐに退職して失業保険を貰いながら就職活動した方が良かったんじゃないの?と思われる方も多いと思いますが

その当時私が飛び込み営業で仕事を頂いたお客さんがかなりの数いたこと、そしてその先も予約として入っていたので急に辞めることへの強い抵抗がありました。

ゆち
あなただから安心して任せられるのよ

そんな言葉をくれたお客さんを見捨てることが出来なかった・・

その心に付け込んだ会社は会社で酷いけどね

無事復職するも給料が遅延し始める

それから3カ月経ち無事復職して正式に給料が貰える状態になったのですが

震災後に宴会や宿泊が皆無になった損害の痛手はなかなか消えず、給料が遅延しだすようになりました。

具体的には

私は手取り18万円だったのですが、給料日に最低限の支払いが出来るように8万円だけ支払われて残りは大きな宴会や結婚式の売り上げが入ったら支払うというような感じです。

これが会社が倒産するまで続いて、結果的に自分の残りの給料がいくらなのかみんなわからないようなめちゃくちゃな状態になりました。

そしておまけとして、社長から「今の年金制度は信用できないから払っても無駄だよ、それに社会保険料を払わなくて済むから会社も助かるんだ」とのお達しの元社会保険は未加入に

ゆち
社会保険入って手取り18万と入らないで手取り18万って完全に詐欺だなこりゃ・・

会社が倒産

最終的には、私がホテルに入社してから4年と6カ月目で会社は倒産してしまいました。

実質は倒産と言うよりも、ホテルを所有していた会社が借金まみれでホテルの建物と土地が差し押さえられてしまったことが原因です。

そして最後まで全従業員に未払いの給料がかなり残っていた状態で「なんとかするから、後で必ず払うから」との社長の言葉を信じて

4年半のホテルマンとしての生活は終わりました。

未払い賃金を巡って会社と争う

会社を退職してから数か月経っても何も連絡を寄こさない元社長、それにしびれを切らした同僚が現状を訴える手紙を

元社長の両親宛に送りました。

ゆち
その頃は知らなかったのですが、こんな場合は労基署に出向くのが今考えると一番のような気がします。

するとその両親が元社長にけしからんと叱ってくれたのか、その解決策として未払い賃金立替払い制度というもので未払い分を払うから

労基署に集まるようにと元社長から連絡が来ました。

そこで従業員が労基署の職員から未払い賃金立替払い制度の説明と、必要な用紙へ記入をして無事未払い賃金の問題は解決しました。

まとめ

パワハラから始まり賃金の遅延にボランティア勤務、めちゃくちゃな会社でしたが今思い返せば人はいい会社だから続けていられたんだと思います。

ただし、あの時間を他のまともな企業で働いていたらと思うと少し後悔は残ります。

それでは以上で終わります。