先物取引の会社に就職した体験談、最後は不眠症になって飛んだ話

先物取引

今回は私が新卒で初めて就職した金を主に扱う先物取引の会社に就職した際の体験談です。

幸か不幸か最近その会社がずいぶん前に倒産したことを最近知りました。そこで、もう何も気にすることは無い!と思い記事にしようと思った次第であります!

 

社労士オザワ
とにかくキツイ体験でしたが、皆さんの参考になれば幸いです。

*注意*

この体験談はあくまでも1社のみの体験談ですので、全ての先物業者がブラックだとは限らないのでご了承ください。

 

先物取引の会社に就職した経緯

時は2000年代中盤、大学4回生になって就職活動を始めた私はネットで就職先を探す中である業界に心を奪われた。

先物取引
先物取引は日本が発祥!私達に身近な金・トウモロコシ・大豆・ガソリン等の物に投資するのが先物取引なんだ。

そして通貨の価値が下がっている今だからこそ、私達は絶対の自信を持ってその中の金を用いた取引をお客様におススメしています。

そんな私達と一緒にお客様に喜んでもらえる仕事をしませんか?目指そう!金融のプロフェショナル!

 

社労士オザワ
金融のプロフェッショナルにもなれて、営業のスキルもつきそう、そんな考えから3回の面接を受けて無事先物取引の営業マンとして就職することになりました。

当時大学の就職課に採用内定が取れたことを伝えると、大変だと思うけど無理だけはすんなよ!と言われました。

 

就職後3ヶ月間は天国だった

天国

同期は約10人、私は東京の普通の私立大学の出でしたが、中には6大学や国立大学出身の人も居ました。

社労士オザワ
先物はブラックだよ!という噂は勿論知っていましたが、内定者懇談会で有名大学の内定者も多いんだよ、なんて話も聞いていたのでそんな噂は信じていませんでした・・・

そして先物取引の営業を行うには、外務員という資格が必要になるため、その試験を受けるまでの入社してから3か月間は試験勉強をしたり、営業のロールプレイングをしたりと比較的楽な期間で

そんな会社に貢献していない期間でも土日休みで給料は手取り23万円ほどが貰えたため、この期間はなんて社員に優しいいい会社なんだと思っていましたが

ただ時折営業部がある階から恐ろしい声の怒号が聞こえてきたりするので、あの声は一体何なんだろう?とそのことだけが不安でした。

 

営業部に配属、地獄の始まり

地獄

天国のような研修期間が終わり、7月の頭には正式に営業部に配属

配属初日に一番驚いたのがそのデスクです。本部長以外の机にはパソコンすらなく、古びたデスクに電話が置いてあるだけ、昭和の会社な雰囲気でした。

新卒営業部員の出社時間は定時で8時だったんですが、30分前に出社して上司達の机を拭いたりすることが義務づけられていて

その仕事内容は1日中使い古した、名簿屋で買ってきたと思われる名簿に書いてある電話番号にひたすら電話するだけ、要はテレコール営業です。

 

しかもそのテレコールで話す内容は、トップセールスの営業部長が考えた!とされる文章をただひたすら垂れ流すだけでそれ以外の個人的な言葉は許されません。

社労士オザワ
テレコールでも個人的な世間話は絶対必要だと思うんですが、世間話をすると後ろから上司が

てめー!世間話営業なんかするな!と怒号が飛んできます。

この時点でこんな会社に未来はないと配属1日目で同期が1名会社をバックレました。(笑)

 

またその文章を半分ほど伝えられたお客さんは、顧客予定と呼ばれその後のテレコールは支店長と呼ばれる役職者が担当し(もちろんそのまま自分で最後まで伝えて顧客にすることも出来ますが、そんなことはまずない)

1年目はその予定を沢山出すことが求められ、予定が顧客になれば成果として評価されます。

しかしその予定を午前中に1件も出せないと、鬼のように叱責され休憩時間と昼食時間が削られる(笑)

 

そして退社時間も配属されて1ヵ月・2ヶ月と経つうちに徐々に遅くなっていき、最終的には夜の10時まで働くように

1日の生活の様子をまとめるとこんな感じ

6:00   起床

7:00     電車に乗る

7:30     出社

8:00     朝礼

前日予定が少ないと叱られる

8:30    テレコール開始

1日300件近く電話しその多くが怒られたり、悪口を言われる

10:00  ミーティング

予定が無いと説教

12:00  昼食

午前中予定が0だとご飯食べたら即テレコール開始

3:00   ミーティング

予定が無いと説教、お前今日坊主でいいのかー!

8:00  上司達が帰宅

10:00  ようやく退社

11:00  家に帰宅

12:00  就寝

 

1年目は土日が休みでしたが、2年目以降の社員たちは会社の売り上げが低いと土日も関係なく出社していました。中には胃が悪くなって血を吐いた社員も居たそう

社労士オザワ
毎日叱られるし、帰りも遅い、それに同じ文章を電話で読み上げるだけの仕事をしてても何もスキルなんてつかないよな・・・

この頃はもうホントに会社に対して絶望していました。

 

先物の会社から飛んだ日

役職

もう日付は忘れてしまいましたが、新卒で入社してから7カ月が経った10月の初旬のある夜、その頃は不眠症になり毎晩眠れずその日も結局は朝まで起きていました。

そしてふと思う

そう言えば昨日は予定0だったな、また会社で坊主か!って叱られて10時まで働くのか・・・

辞表を出しても辞めさせてくれない、辞めるなら飛ぶしかないよって先輩が言ってたし・・・

 

そうだ会社をバックレよう

 

そう決意した自分は、その日から1週間携帯の電源を切って漫画喫茶に潜伏しました。

なぜなら先に会社をバックレて辞めた同期は毎日会社の上司が家に来て扉をドンドン!と叩いて騒いだという話を聞いていたからです。

そして一週間後、家に戻り携帯の電源を入れるとそこには鬼のような会社からの着信履歴

取り合えず、会社に電話をしてもう働く気はないことを伝えてその日の内に営業部長と面談、無事退職が決まりました。

 

まとめ

正直今思い返してみると、いくらブラック企だったとしても飛ぶような辞め方は悪かったよなーと少し反省しています。ただ普通に辞表を出しても辞められなかったわけで

今でもあの時どんな選択が正解だったのかはわかりません。

ただあの後その会社が、勧誘が強引すぎると行政から何回か指導を受けたりしたこと、そしてそれが結果かはわかりませんが、売り上げが上がらず倒産したことを知り

あの時辞めるという判断をした自分は正しかったと思います。

社労士オザワ
また、執拗に叱りつけたり、休憩時間を削ったり、遅くまでサービス残業をさせたりと労務管理の面でもまともな会社ではなかったので

あのまま何年も務めていたら身体が壊れていたかもしれません。

 

ただ次に就職した会社はこれ以上のブラックでした。そんなこの記事以上のブラック企業の体験談が見たい方はよかったら下の記事をご覧ください。

 

それでは以上で終わります。

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